
独立して事業を開始する際の形態には「個人事業主」と「法人」があり、それぞれメリットやデメリット、起業の手続きが異なります。
また、開業時に個人事業主と会社員の違いが分からない場合、失敗の原因となりかねません。そのため、まずは「本当に独立すべきか」を検討した上で「どの形態で事業を開始するか」を適切に選択しましょう。
今回は、個人事業主の定義や法人・会社員との違い、メリット・デメリットなどを解説しています。最後には個人事業主になるための手続きも詳しく紹介しているため、独立を視野に入れている人は是非参考にしてください。
目次
個人事業主とは
「個人事業主」とは、その名の通り個人で事業を営んでいる方です。一般的には税務上の区分とされており、税務署に対して開業届を提出した方を指します。
なお、個人事業主という言葉の響きから、一人で事業を行うイメージを持つ方も多いですが、そのような規定はありません。税務上の区分が個人事業主であっても従業員を雇うことが可能です。
個人事業主と自営業の違い
個人事業主と似た言葉に「自営業」があります。自営業も個人事業主と同様、個人で事業を営む方を指します。そのため、広義の意味では個人事業主も自営業も同じです。
しかし、自営業は税務上の区分でない点が最大の違いと言えます。例えば、一人親方といった法人経営者であっても自営業と呼ばれるのです。
他方で、個人事業主と法人は共に税務上の区分であり、同一の意味にはなり得ないため注意が必要です。
そのため、自営業という大きな区分の中に個人事業主が含まれているといったイメージを持つと良いでしょう。
個人事業主とフリーランスの違い
「フリーランス」とは、特定の団体に属さず業務を行う働き方です。あくまでも働き方を示す用語であるため、税務上の区分である個人事業主とは異なった意味となります。
イメージとしては、個人事業主の働き方の1つにフリーランスがあるといった形です。
フリーランスについてより詳細に知りたい方は、以下の記事で解説しているため是非ご覧ください。
副業でも個人事業主になれる?
会社員の副業であっても個人事業主になることができます。ただし、個人事業と認められるには一定の基準があり「独立性」「継続性」「反復性」の3つを満たす必要があります。
副業が上記の3つを満たしている場合、税務署に対して開業届を提出すれば、副業であっても個人事業主になることが可能です。
一方で上記の3つを満たしていない副業は、個人事業として認められない場合があります。個人事業として認められないと、青色申告や損益通算といった納税者有利の制度が利用できない点に留意しましょう。
個人事業主と法人の3つの違い
自身で事業を立ち上げる際は「個人事業主」と「法人」の2つの選択肢があります。これらの区分の違いによって、開業・廃業や税金の手続きが大きく異なるため注意が必要です。
ここでは簡単に個人事業主と法人の違いを解説します。
開業時の違い
個人事業主としての開業の主な手続きは、税務署に対しての開業届の提出のみです。特段の費用も生じないため、比較的簡単に開業ができます。
一方で法人の設立には、法務局に登記申請を行う必要があります。登記申請を行うには定款の作成・認証が必要です。公的な費用も株式会社の場合24万円程度、合同会社の場合10万円程度要します。
廃業時の違い
個人事業主の事業を廃業する場合は、税務署に対して廃業届を提出します。特段の公的費用は生じず、手続きの手間も少ないです。
一方で、法人の廃業の場合は、株式総会の決議や解散登記など様々な手続きを要します。これらにも一定の費用が必要であるため、決して手軽ではないことが分かります。
納めるべき税金の違い
個人事業主と法人は税務上の区分であるため、納めるべき税金も異なります。それぞれが納めるべき主な税金の種類は以下の通りです。
【個人事業主】
・所得税
・消費税及び地方消費税
・住民税
・個人事業税
【法人】
・法人税
・消費税及び地方消費税
・法人住民税
・法人事業税
・特別法人事業税
特に所得税と法人税は税金の制度が大きく異なります。その結果、同じ利益の額であっても納めるべき税金の額が異なる場合があるのです。そのため、起業の形態が個人事業主と法人で迷った際の1つの判断材料となるでしょう。
なお、事業の形態によっては自動車税や印紙税なども要しますが、これらは税務区分に関わらず共通する税金です。
個人事業主と会社員の収入・社会保障の違い
また、個人事業主として開業すべきか、会社員のまま働くべきかを迷う方もいるでしょう。個人事業主と会社員ではお金周りに関わる制度が大きく異なるため、違いの適切な理解が大切です。
個人事業主と会社員の収入・税金の違い
個人事業主と会社員は収入や税金に関わる制度が大きく異なります。これらを混合して考えてしまうと、開業後に思わぬ所で失敗する原因となるため注意が必要です。
会社員の収入・税金の仕組み
会社員の収入は、労働によって得られる「給与収入」です。給与収入はいわゆる額面金額のことで、ここから税金や社会保険料が差し引かれた金額が手取りとなります。
会社員の多くは基本給が定められており、会社の業績に関係なく一定の収入を得られる場合が多いです。
また、会社員は収入から天引きで「源泉所得税」を支払っており「年末調整」によって税金の額を調整しているため、自ら税金を精算する「確定申告」が原則不要となっています。
個人事業主の収入・税金の仕組み
一方で個人事業主の収入は、事業によって得られる「事業所得」です。売上金額が事業の「収入」となり、収入から各種経費を差し引いた金額が「所得」となります。会社員とは異なり業績によって所得が決まるため、成果を上げれば収入も上がりますが、安定して稼ぐのは大変である点に注意が必要です。
また、個人事業主の場合、基本的に各種税金が天引きされる制度はありません。そのため、自ら税金の額を決定する「確定申告」を行う必要があります。所得税の他にも消費税や個人事業税など、会社員が支払わない税金の納付も必要であるため、税負担の割合も大きくなるでしょう。
また、売上金額から各種税金や社会保険料を支払う必要があるため、会社員と同じ金額が振り込まれたとしても、税金の支払いによって手取り金額は減少する点に注意が必要です。
更に、個人事業主には退職金やボーナスがない点特徴のため、年収や生涯賃金ベースで収入を考えることが大切となります。
個人事業主と会社員の社会保障の違い
会社員は会社や制度に身分を守られる場面が多いです。例えば、仕事の中で怪我をしたら「労災保険」、仕事をやめたら「失業手当」など、様々な保障を受けられます。
一方で個人事業主の場合、怪我をしても廃業しても基本的には自己責任です。
また、年金の制度も異なり、会社員は国民年金加えて厚生年金を受給できる点も特徴です。個人事業主は基本的に国民年金のみであるため、自身での資産形成が重要となります。
法人と比較した個人事業主のメリット3選
起業の形態を個人事業主と法人で悩んだ際は、それぞれのメリット・デメリットの比較が大切です。
個人事業主には法人と比較した際に様々なメリットがあります。ここでは3点解説します。
費用を抑えて開業ができる
法人を設立する場合、株式会社で24万円程度、合同会社でも10万円程度の費用を要します。一方で、個人事業主の場合は特段の公的費用を要しません。
個人事業の規模で開業時にこの金額を負担するのは苦しい場合もあるでしょう。そのため、費用を抑えて開業したい場合は、個人事業主がおすすめです。
必要な手続きが少ない
個人事業主は法人と比較して必要な手続きが少ないです。
まず上述した通り、開業や廃業の手続きや費用が異なります。個人事業主の場合、税務署への届出のみで開業手続きが完了するため、専門的な知識がなくても負担になりにくいです。
また法人は、決算公示や株主総会など、個人事業主にはない手続きが多いです。これらは金銭的な負担になるのはもちろん、本業以外に時間を割く必要が出てくるため、事業者の負担となるでしょう。
特に最初は専門的な知識がない場合が多いため、必要な手続きが少ない個人事業主を選ぶのもおすすめです。
一定の事業所得までは税負担が少ない
個人事業主が支払う「所得税」は累進課税が採用されています。累進課税とは、所得金額が上がるにつれて税率も高くなる制度です。最大税率は45%ですが、最小税率は5%となっています。
一方で法人の税率は一律23.2%、もしくは15%です。
そのため、税率が法人税より低い所得帯であれば、税率が低くなり税負担が軽減されます。
所得が少ない時期は個人事業主、所得が増えたら法人と切り替えることで、大きな節税対策となるでしょう。
法人と比較した個人事業主のデメリット3選
一方で、個人事業主には法人と比較した際のデメリットがあることも事実です。事業の実態によっては、最初から法人を設立した方が得になるケースもあるため、適切に理解しましょう。
社会的信用力が少ない
一般的に、個人事業主は法人よりも社会的信用力が少ないと言われています。
開業届を出すだけという手軽さが魅力である一方で、個人の一存で事業をやめることも簡単にできるため、法人と比較して信用力が低い傾向があります。
中には、取引を法人に限定している企業も存在します。また、従業員を雇う際も信用のある法人に優秀な人材が流れるリスクが生じる点もデメリットです。
そのため、BtoBの取引を行う場合や、積極的に人材を募集する場合などは法人も視野に入れると良いでしょう。
社会保険に加入できないため将来の保障が薄い
個人事業主は、健康保険や厚生年金保険などの社会保険への加入ができません。
健康保険ではなく国民健康保険への加入となりますが、例えば出産や病気に伴い休職することになっても、出産手当金・傷病手当金は受給できなくなります。
更に年金も、厚生年金保険の対象ではなくなり国民年金のみの加入になるため、将来受け取れる年金額が少なくなります。
このように個人事業主は受けられる保障が手薄になるので、将来のリスクに備えた自己管理がより重要になります。
事業所得が増えると法人設立よりも税負担が重くなる
上述した通り、所得税と法人税では税率の制度が異なります。
法人税の税率は一律である一方で、所得税率は所得に比例して上がっていくため、所得が高い場合は法人税の方が得となります。
具体的には所得695万円以上で税率は23%、所得900万円以上で33%となります。経費やその他の費用の兼ね合いがあるため、税率が入れ替わったら必ず法人化すべきとは言えませんが、一つの選択肢として検討しましょう。
個人事業の開業前に行うべき手続き
個人事業主としての独立を決めても、慌ててはいけません。個人事業主になる前に行うべき手続きがあります。
これらの手続きを事前に行うと、事業も有利に進む可能性があるため、是非取り入れてください。
クレジットカードやローンの審査
個人事業主としての独立の前に、クレジットカードやローンの審査を通してしまいましょう。
個人事業主は会社員と比較して社会的信用力が少ないため、クレジットカードやローンの審査で不利になる可能性があります。また、手続きで必要な書類の数が増えるといった手間もあるため、可能ならば信用力のある会社員のうちに手続きを行うのがおすすめです。
個人事業主になってしまうと、実績が積まれるまで中々審査に通らない可能性があるため注意が必要です。
スキル・知識の習得
現在会社員である場合は、会社をやめる前にスキルや知識の習得を行いましょう。
会社員の時点でスキル・知識の習得を行うと、給与収入を得ながら開業準備を進めることができます。
一方で開業してからスキルや知識の習得をしようとすると、収入がない中での取り組みとなる点に注意が必要です。収入がない焦りから準備を疎かにしてしまうと、事業も中々上手く行きません。
現在は開業に関する書籍も数多く販売されており、土日に開催されるセミナーも多いため、是非活用してください。
人脈の形成
個人事業主としての独立の前に、人脈の形成を行うのがおすすめです。
人脈があれば、新しい仕事が紹介される可能性があり、困った時の相談相手にもなります。
そのため、起業家の交流会やセミナーに積極的に参加して、独立後に役立つ人脈を作りましょう。また、現在勤める会社の従業員や取引先が重要な人脈になる可能性もあるため、円満退社を目指すことも大切です。
事業計画の作成
個人事業主としての開業の前に、事業計画の作成を行いましょう。
事業の内容はもちろん、収入・支出のシミュレーションを念入りに行うことが重要です。ここでのシミュレーションが赤字である場合、独立後の成功は難しいでしょう。
一度独立すると、ゆっくりと環境分析やシミュレーションを行える時間を取ることは難しくなります。そのため、会社員としての収入があるうちに綿密な事業計画を作成し、良いスタートを切れるようにしましょう。
個人事業主の開業で必要な手続き
個人事業主として開業するためには、主に2種類の手続きが必要です。ここで詳しく解説します。
開業届・青色申告承認申請書の提出
前述した通り、個人事業主として開業には、住所を管轄する税務署に対して「開業届(個人事業の開業届出・廃業届出)」の提出が必要です。
また、事業を有利に進めるためにも「青色申告承認申請書」も一緒に提出しましょう。青色申告を行うと、最大65万円の特別控除や損失の繰越しといった特典を受けることができます。
開業届は開業から1か月以内、青色申告承認申請書は開業から2か月以内と提出期限が定められているため、できるだけ早めに手続きを行いましょう。
国民年金・国民健康保険の加入
個人事業主として開業すると、国民健康保険と国民年金の手続きを行う必要があります。会社員の場合は、会社が給料から社会保険料の天引きをしていましたが、個人事業主は自分自身で手続き・納付をする必要があるためです。
手続き先は管轄の市区町村役場で、退職から14日以内の手続きが必要となります。
なお、健康保険については、国民健康保険への加入ではなく、前の会社の健康保険に加入し続ける「任意継続」の選択肢もあります。負担する保険料を比較した上で、どちらにすべきかを決定しましょう。
その他の手続き
基本的には上記2つの手続きが終われば、個人事業主として事業を開始できます。しかし、事業の内容によってはその他に必要な手続きがあります。
代表的な手続きは「許認可の申請」です。古物商や飲食業、人材紹介業といった業種は県や市、警察署などからの許認可を受ける必要があります。無断で事業を開始しては罰則の対象となるため、自身の事業で必要な手続きは無いかを必ず確認しましょう。
また、最初から従業員を雇う場合も追加の手続きが必要です。従業員を雇う場合、年金事務所や労働基準監督署、ハローワークでの手続きが必要となります。また、税務署への提出書類も増えるため、注意が必要です。
必須ではないが事業が有利に進む手続き
また、必須ではありませんが、事業が有利に進む手続きがあります。これらの手続きを行うことで事業がより有利になるため、是非参考にしてください。
屋号付き口座の開設
「屋号付き口座」とは、その名の通り、個人事業の屋号が入った銀行口座です。屋号付き口座を開設すると以下のようなメリットが生まれます。
・取引先に安心感を与える
・プライベートと事業の収支を分けることができる
屋号付き口座を作るには、開業届への屋号の記載など、多少の手間はかかりますが、メリットを鑑みると開設がおすすめです。
屋号付き口座については以下の記事で詳細に解説しているため、是非ご覧ください。
屋号印の作成
「屋号印」とは個人事業の屋号が入った印鑑で「角印」とも呼ばれます。屋号印を請求書や契約書に押印することで、事業に箔が付き、取引先の信頼感の向上にも繋がります。
作成にそれほど手間もかからないため、個人事業の開始と同時の作成がおすすめです。
事業用クレジットカードの作成
事業用のクレジットカードの作成もおすすめです。
プライベートと事業の支出を同じクレジットカードで管理すると、会計業務で余計な手間がかかります。そのため、クレジットカードでの取引が多い場合は、事業用クレジットカードを1枚持っていると便利です。
退職前に個人用クレジットカードを作るか、審査が通りやすい法人カードを作るのがおすすめです。
会計ソフトの契約
個人事業主として開業をしたら、会計ソフトの契約を行いましょう。
個人事業主になると、日々の取引に関する帳簿を作成し、確定申告を行うのが義務となります。その際に、手作業で帳簿作成を行うと非常に多くの手間が生じます。簿記に関する知識がない場合は尚更です。
そこで、会計ソフトを用いて帳簿の管理を行えば、取引を入力するだけで、決算書を自動作成してくれます。また、確定申告書も自動で作成してくれるため、会計業務の簡略化に繋がるでしょう。
開業後すぐに契約して、日々の取引を入力すると、事業の財務状況も明確になります。また、確定申告前にまとめて行おうと思うと、事務量の増加や、不明な取引の発生に繋がるため注意が必要です。
まとめ
今回は個人事業主の定義や法人との違い、メリット・デメリットなどを解説しました。
個人事業主と会社員は収入や社会保障の面で様々な違いがあります。個人事業主は良くも悪くも自己責任な世界であるため、自分は本当に独立すべきかを判断しましょう。
また、独立して事業を始める際の選択肢は「個人事業主」か「法人」です。どちらの事業形態も一長一短があるため、特徴を正しく理解して、自分に合った事業形態で起業をすることが大切です。
そして、個人事業主として起業すると決断した方に向けて、おすすめの開業準備や手続きなども紹介したため、良いスタートアップを切りましょう。
この記事の執筆者

久田敦史
株式会社ナレッジソサエティ 代表取締役
バーチャルオフィス・シェアオフィスを通して1人でも多くの方が起業・独立という夢を実現し、成功させるためのさまざまな支援をしていきたいと考えています。企業を経営していくことはつらい面もありますが、その先にある充実感は自分自身が経営をしていて実感します。その充実感を1人でも多くの方に味わっていただきたいと考えています。
2013年にジョインしたナレッジソサエティでは3年で通期の黒字化を達成。社内制度では週休4日制の正社員制度を導入するなどの常識にとらわれない経営を目指しています。一児のパパ。趣味は100キロウォーキングと下町の酒場めぐり。
【学歴】
筑波大学中退
ゴールデンゲート大学大学院卒業(Master of Accountancy)
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